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2011年 05月 31日 のアーカイブ

福島原発から避難してきた方々との対談

柿沼 貴志 の投稿 2011年 05月 31日

自治会館での対談の様子

 今年の3月11日に発生した東日本大震災において東北太平洋沿岸部では
甚大な被害が出ている。
地震や津波のように一時的な大打撃となったものばかりでなく、
原発問題や風評被害といった長期に及ぶ問題も発生している。
そのなかで今回の大震災においての特徴の1つとして各地方自治体が
国や県とは別に各々独自に支援をしているという一面が見られる。
これは、現在の日本社会、無縁社会と呼ばれるなかにおいて、
日本人が元来よりの教えである助け合いの精神が未だに残っている証明
ともなり、大いに誇れるものであり、より推し進めていくべきものだ。
埼玉県各自治体においても震災発生直後ただちに避難者の受け入れ、
支援の行動を起こす自治体が多かったのは周知の事実である。
行田市においても避難者の受け入れをしている。
私の自宅の近辺にも福島県から避難してきた方がいて、お話も多く聞いている。
話の中には日常では決してありえないような体験談もあった。
本当に気のみ気のまま逃げて紙一重で生き延びることができた方々だ。
そのため、私たちのように日常生活を何の支障なく暮らせるわけはなく、
今暮らすことさえ厳しい状況だ。
不慣れな土地で住む家もなく、仕事もなく、貯金もなくなる。
そういった現状が避難者の方々に現実の問題として突きつけられているのである。
そのような避難者に対して行田市も大きく足を踏み込んだ政策をすべきだと考える。
しかし今の行田市の対応の実状としては、避難者の受け入れは行ってはいるものの
その後のアフターフォローが充分になされていない。
住む場所は与えるが、家具や生活費、その後の長期的な指針はおざなりになっており、
自己責任となっている。そのため避難者がいる自治会や、または親戚の方が
アフターフォローを担っているということが実状である。
私はさらなる市全体での協力が必要だと考える。
行田市の周辺の自治体では、すでに行動を起こしているところもある。
例えば避難者の受け入れで全国的にも有名になった加須市では福島県双葉町の
避難者約1200人を旧騎西高校に受け入れ、市においての最重要業務の1つとして
位置付け市全体で大幅な支援体勢を整備した。
また熊谷市では「東日本大震災オール熊谷自立支援ネットワーク」と名を打って避難者に
たいし官民で協力しあい自立のための長期的な支援を行うプロジェクトを始動している。
「東日本大震災オール熊谷自立支援ネットワーク」とは1、就労支援として事業団や
ハローワークに協力を求めたり、2、住居支援として空き家や空き住宅を半年間無料で貸し、
それ以降も通常より安い家賃で貸すといった措置がとられれる。
3つ目に生活支援で1世帯につき月額25000円(2人目から1人につき変則的に加算)に加え、
1人につき月額23000円(5人目から300円ずつ加算)を半年間支給される。
4つ目に教育支援として避難者の子どもたちへの小中学校への編入受け入れや、
保育・学童保育への配慮などを市と共に連携する取り組みがなされる。
その他に被災地への復興活動として産業や購買において現地をサポートすることや、
現地にボランティアを派遣すること、また避難者が地域コミュニティとの交流が持てるよう、
地域の祭りやイベントへの招待といった活動も行われる。
これらの支援ネットワークに使われる財源は熊谷市内で集められた義援金によって運営され、
5月26日現在では24,305,543円に上る額にまでなっている。
また、最近では群馬県片品村という人口約5000人に村が約1000人の避難者を受け入れた
といった実例がある。この村の支援にかかる財源は村がコツコツ積み立ててきた
財政調整基金約11億円を切り崩し対応したという。このように周辺には積極的に取り組み
お手本となる自治体が多くある。
行田市においても同等の支援とはいかなくても、せめて現在受け入れている避難者に対しては
手厚く支援すべきである。これらの自治体は首長の指示によりトップダウンで積極的な支援が
進められており、行田市においても市長が支援に対して積極的な判断をなされれば、
すぐに取り組めるものである。
まず、なぜ行田市が積極的な支援政策がなぜ行われていないのか聞きたい。
それはただの怠けからくるものなのか、せっかくの市の財政をよそ者の避難者に使われたくない
といった変な利己主義な考えからくるものなのか、いずれにせよ行田市の避難者支援は
中途半端である。この避難者受け入れに対して不信感を抱いている市民も少なくないはずである。
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沖縄御遺骨収集に行ってきました。

柿沼 貴志 の投稿 2011年 05月 31日
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初当選への道のり(投開票日)

柿沼 貴志 の投稿 2011年 05月 9日

7日間走り続けた選挙期間も投票日には達成感と開票を待つ緊張感と期待感でいっぱいでした。

日が落ち、刻一刻とその時が近づく中で今まで応援して頂いた多くの方々が選挙事務所へ足を運んできてくださいました。

そして、11時過ぎほどに「当確」の連絡が入り、事務所の中が歓喜で沸いたのを覚えています。

1759票の上位当選でした。

 私が行田市議会議員選挙において当選する事が出来たのは私を支えてくださった多くの方々のおかげです。

その皆さんに心から感謝しています。「ありがとうございました」

本当の戦いはこれからということを肝に銘じ、これからは行田市議会議員として行田のため、行田に住むすべての人のために全身全霊で働いてまいります。

 

  

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初当選への道のり(選挙期間中)

柿沼 貴志 の投稿 2011年 05月 9日

選挙期間は嵐が来ていたようでした。

私はほとんど選挙カーには乗らず、自転車で行田市中を駆け回りました。

住宅街、商店街、そして田んぼ道…

走行距離はのべ200㎞です。お尻が筋肉痛になって歩くのもままならない感じでした。

でも疲れや痛みと引き換えに選挙カーでは感じる事が出来ない行田の方々の熱い声援を聞く事が出来ました。

皆さん温かい方々ばかりでした。車の中から手を振ってくれる人、農作業の手を止めて手を振ってくれる人、わざわざ家の中から握手をしに来てくれる人

道を歩いている一人一人の方達と触れ合う事が出来ました。

 

 

 

 

 出陣式では多くの方々で事務所の中がいっぱいになりました。

とても良いスタートが切れました。  

 

 

 

 

 

 選挙期間中、行田市民の中で一番、自転車に乗っていたかもしれません… 

 

 

 

  モモタロ―では後援会の人たちと地元を練り歩きました。

華麗なオレンジ部隊で寄ってくる人も避けていく人もいました(笑) 

  

  

  

 

 

 

 雨の中でも熱く、強く訴え続けました。

 

 

 

 

  

 

 私の家内も選挙カーでウグイスデビュー!!

 

 

 

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初当選への道のり(決起大会)

柿沼 貴志 の投稿 2011年 05月 9日

決起大会の様子です。これから選挙戦が始まるといった緊張感と不安がありました。

それでも応援して頂いた自治会の方々や同志達のおかげで選挙中、走り続ける勇気が湧いてきました。

 

 

 初の決起大会では多くの方々にお越し頂きました。皆さん、私を応援してくださっている方ばかりです。                                                                                            応援して頂いている方のためにも当選し、行田のために働こうと改めて決意しました。 

 

  

 

 

 

 

 

  私が最も信頼している志士の会の同志達です。

みんな忙しい中駆けつけて来てくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決起大会での演説は駅頭演説と違い、皆さんが真剣に聴いているという緊張感と、私の想いを皆さんに聴いてもらいたいという気持ちで有意義な時間を過ごせました。

 

 

 

 

 

 

  

   最後に私の一人息子です。

しっかり私の話すところを見てくれてました。                                                                                                                      「パパ頑張ったぞー!!」

 

 

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